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子どもの適応能力その2
前回の続きです。

前回は授乳に関して昔と今の違いについてお伝えをしましたが、今日は幼児期において今と昔ではどう違うのかを考えて行きたいと思います。

まず生活観点からです。
昔に比べて物があふれ、食べたい時に食べられる環境、食べたい物が食べられる環境の中、物に対する有難みが感じにくくなっているのかもしれません。また、家庭の中での個食(孤食)の増加や一人一台の携帯電話、一家に一台ではなく部屋に一個のテレビ等、経済成長を経て変わってきたものも多くあります。
子どもの遊びはどうでしょう。私の時代はファミコン世代でしたが、ゲームは一日30分。学校から帰ったら近所の広場で友達と暗くなるまで遊んでいました。最近は携帯ゲームの普及によりファミレス等でオーダーの待ち時間にゲームをしているお子さんや、観光地などで家族連れの中にゲームをしながら歩いている子ども達を見かける機会がありますが、親は何も感じないのかなぁ。アリなのかなぁ。と少し心配になってしまいます。
このように昔と今で様々な違いがみられますが、これらの違いには共通している事があります。それは個(孤)が強く出ているという事です。より良いものが普及し、便利になることは悪い事ではありません。私達の生活を豊かにしてくれます。しかしこの便利や豊かさが社会性や協調性を培う機を少なくしていることも事実です。個の豊かさは同時にわがままにも繋がりやすくなります。友達と協調性を持って、時には我慢して他人の意見を受け入れながら育つのではなく、自分の好きなものを好きな時間に食べる事や、個々にテレビがあり、好きなチャンネルやゲームが出来る環境。家族旅行でさえ待ち時間や移動時間にそれぞれが携帯やゲームをしている状況は望ましいと言えるのでしょうか。
先日あるテレビで、虫取りが好きな少年は天才になりやすい!という話題がありました。半信半疑で見ていたら、虫取りをする子どもは正解のない虫の取り方に悪戦苦闘する中で様々な方法を模索するのだそうです。そうすることで自分で考える力が身に着く。なるほどな。と思いました。今の身の回りには回りがお世話をしてくれ過ぎのような気がします。自分で考えずとも回りが配慮してくれます。ゲームも用意されているものです。売り手がおもしろく作り、それが商売に繋がる。だから必死で面白く作る。一方自然の遊びは自分で考えなければいけない。自然は大きなものを学ばせてくれます。
今、日本ではニートと言われる人がとても増えています。高校や大学などでのトイレ弁も冗談ではなく、深刻な問題として出ているそうです。何が日本をそうさせてしまったのか、教育現場なのか、環境なのか、家庭なのか、それぞれが根本から見つめ直す必要があるのではないかと思います。

次回はゲームについてお話したいと思います。
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