26年、新年のあいさつ
新年明けましておめでとうございます。
今年もマイペースで身近な幼児教育に関する情報を更新していけたらと考えております。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
| 日常 | 10:41 | comments(0) | trackbacks(0)
これからの幼稚園、保育園
今、世の中では27年度以降より始まる子育て新制度に対し、各地で有識者が集まりこども子育て審議会というものを開き、新しい制度の枠組みを決めようとしている。こども子育て支援新制度とはこども子育て関連三法というもので、
質の高い幼児期の学校教育・保育を総合的に提供します
子育ての相談や一時預かりの場を増やすなど、地域の子育てを一層充実させます
待機児童の解消のため、保育の受入れ人数を増やします
 
という三本の柱で出来ている。
簡単に言うと、幼稚園保育園をとっぱらって第三の園、「新認定こども園」を作りまっせ。その園は就労の有無関わらず利用でき、福祉としての保育だけではなく、教育を行う「学校」として法的にも意味を持たせまっせ。というもの。
法的には学校の位置付けにはなるものの福祉と教育を一緒くたに行なうには限界がある為、新認定こども園に移行する園もあれば移行せず、幼稚園のまま培ったノウハウを活かし、独自の教育方針を強く出しながら存続を続ける園もあり、各幼稚園には選択を迫られることとなる。
 
ここで最初に話は戻るが、今各市町村では有識者が集まり子育て審議会というものが発足している。これは、ここで話し合いをして国に上げる資料を元に新しい子育て関連三法において各施設にかける費用や補助、また制度を決める基礎となる。どうしてそんな話になっているかというと、今の幼稚園保育園の仕組みは文部科学省と厚生労働省で管轄が違う為に一人頭で換算した時の1人当たりのかけるお金が違う。ある資料によるとその差は約倍近くとも言われ、年50万強の幼稚園に対し保育園は92万円にもなる。その差を是正すべく子育て審議会でしっかりと現状を把握し、幼稚園保育園関係なく新制度の枠組みの中で保育できる体制を作らなければならない。それは幼稚園にこれだけの補助、保育園にこれだけの補助、というものではなく、「同じ国民の子供」という概念から平等な支援をしてもらいたいと強く願う。
 
| コラム | 15:10 | comments(0) | trackbacks(0)
子どもの感性・想像力 その2
先に幼児期の感性について述べた。

幼児期に重要なものとしてもう一つ、想像力というものがある。みなさんはお子さんに毎日絵本を読んであげているだろうか?先日の研修会においてもう一つ、絵本の読み聞かせに関して話題があった。幼稚園年長までの家庭において毎晩絵本の読み聞かせをしているか?という問いに対し、毎日読んでいる、ほぼ毎日読んでいるが80%だったという。
前回にも述べたとおり、幼児期において知識の学習より感覚機能を養う事の方が大切である。それを思うと、幼児期に読む「絵本」は、子どもの想像力という感性を養う上でこの上ないものだ。

ドイツで『早く文字を覚えると早くダメになる』という諺があるそうだ。これは、幼児期において文字の学習を早くにしてしまうと、自分で絵本を読みたいという意欲が出てきてしまう。本来であれば物事に対しての意欲は素晴らしい事なのだが、絵本の場合、まだまだ読める文字も少ない子どもにとって「文字の拾い読み」をしてしまう。自分の読める文字しかわからないからだ。そうすると、物語がわからない。幼児期において、親や、周りの大人が読んで聞かせてあげる事で子どもはそのイメージを頭の中で幾度とも空想し、楽しむ。同じ絵本を読んでいても子どもにとっては毎回違うストーリーなのだ。
研修会中の先生も絵本の読み聞かせの重要さを伝える中で、「子どもがせがんだら最低2回は読んであげてくださいね」と仰っていた。

お家で読み聞かせをしていると答えた80%という実験結果をどう捉えるか。ちなみにこの数値は10年前のデータでは90%だったという。たかが10%だが、数値にしてみると10人に1人と、5人に1人である。これは大きい。是非、読み聞かせの環境を毎日取りたいものである。

最後に、私が小学生の頃お気に入りで読んでいた本を紹介する。
小学校高学年向きだが、是非、お父さんお母さんに読んで頂き、
本の魅力であるファンタジーな世界を今一度感じて頂ければ幸いである。
| コラム | 20:47 | comments(0) | trackbacks(0)
子どもの感性・想像力
先日の研修会で学んだ情報をシェア。

幼稚園教育と聞いて何を想像するだろう?
よくこういうお子さんがいる。電車の名前を全て記憶している子、世界の国の名前を記憶している子、アルファベットが全部言える子等・・。すばらしい。聞いていて感心してしまう。子どもの集中力と記憶力には本当に感心させられる。しかし、その中で小学校高学年または中学までにおいて、残念なことにほとんど忘れてしまっている子の方が多い。何故か。幼児期において知識を身に付けてもそれを継続しない限り、すぐに忘れてしまうからだ。
もちろん継続して行なっているものに対しては知識として身に付く事が出来るが、小、中と年齢が上がり、楽しい物、楽しい事がどんどん増える時期に、国や電車やアルファベットの名前に関心を持ち続ける事は難しいのかもしれない。(もちろん中には常に触れる環境にいる場合もある)

では話を戻そう。
幼児教育とは何か。
幼稚園では読み書き等は教えてはいない。これは先に述べたとおり、知識の学習になるからだ。そういった『学習』は小学校に入ってからゆっくりと行えばよい。では幼児教育とは?幼稚園では物の考え方、また道徳心等、その子が生涯にわたって考えの基本となる部分を丁寧に伝えたいと考えている。幼児期の基本的生活習慣は生きる上でその人のモデルとなる。途中で辞めたり、飽きたりという事もない。幼児期の環境はその人の『常識』を作っているからだ。

先日の研修で、幼児期にこそ伝えたい事として感性を養うという話があった。
幼稚園でのワンシーン、お片付けの時間を想像してもらいたい。

「お片付けの時間だよ!みんなで協力してお片付けをしよう!」
「誰がお片付け一番上手かな?お、年長さん流石だね!とっても上手!!」

普段の何気ないお片付けの様子である。決して悪い声かけではない。むしろ上手な方だ。しかし研修で言っていたことは、その後に続く。

「お片付けの時間だよ!みんなで協力してお片付けをしよう!」
「誰がお片付け一番上手かな?お、年長さん流石だね!とっても上手!!」
「さぁ、お片付け終わったね!」
「みてごらん、綺麗になったよ!」
「気持ちいいね!」
この、綺麗になったね!気持ちいいね!という人の感覚の部分こそ大切だと先生は仰っていた。お片付けの時間にお片付けをしましょう!メリハリある行動を!確かにそれも大切なこと。やる時にやる精神である。しかし、その上で、綺麗な物を綺麗と思える心、美しいものを美しいと感じる心も育てなくてはならない。もしそれを感じる事が出来れば、お片付けをすると気持ちいいね!!という考えの元、進んでお片付けをするようになるかもしれない。もちろん「お片付けの時間だから」という理由で気持ちを切り替えて行動出来る事はすばらしいことだが、その上に「片付くと気持ちいいね!」と考える事が出来れば尚更である。
なるほどな。こんな何気ないワンシーンにも幼児教育があるのだなと勉強させられた。

少し話が長くなってしまったので続きは明日。
| コラム | 08:20 | comments(0) | trackbacks(0)
幼児教育が人生に与える影響
今日、日本では自民党が幼稚園無償化に向けて取り組みを始めており、安倍首相も3月の委員会において、「幼児期は生涯にわたる人格形成の基礎を培う極めて重要な時期であるとともに、この時期に質の高い幼児教育を保障することは、極めて重要である。」と述べている。
人生の成功には、自制心や粘り強さなど、「IQテストでは測れない能力」が重要である。今日はアメリカで行われた、低所得層のアフリカ系米国人を対象に、幼児教育の影響を40年間にわたって調べた研究等を紹介します。

シカゴ大学の経済学者でノーベル賞受賞者のJames Heckman(ジェームズ・ヘックマン)氏と、ペンシルベニア大学の経済学者Flavio Cunha氏が2010年7月に発表した論文は、幼稚園教育について興味深い論文を挙げている。
幼児教育の長期的な影響を追跡した調査で、例えば『Perry Preschool Project』 は、ミシガン州イプシランティにおいて、低所得層のアフリカ系米国人の子ども123名(最初のIQスコアは、全員が75から85)を対象に行なわれた調査では、子どもたちが3歳のとき、実験群と対照群とに無作為に分け、前者には質の高い就学前教育を受けさせ、対照群には就学前教育を受けさせなかった。その 後、被験者たちを数十年にわたって追跡し、直近では彼らが40歳のときに、両群の比較分析を行なっている。


成人した被験者を比較した結果、就学前教育を受けた群は、受けなかった群に比べて、高卒資格を持つ人の割合が20%高く、5回以上の逮捕歴を持つ人の割合 が19%低かった。離婚率も低く、生活保護等に頼る率も低かった。「月収2000ドルを超える者の割合は実験群が対照群の4倍で、家を購入した者も実験群が3倍高かった」という。

興味深いのは、この実験が「IQスコアの向上」に長期的な効果をもたらしたわけではないことだ。就学前教育を受けた子どもたちは、最初のうちは一般知能の 向上を示したが、この傾向は小学2年生までに消失した。代わりに就学前教育は、さまざまな「非認知的」能力、例えば自制心や粘り強さ、気概などの特性を伸ばすのに効果があったとみられる。

私たちの社会は「頭の良さ」に価値を置く傾向が強いが、冒頭の論文を執筆したHeckman氏とCunha氏は、こういった「非認知的」な能力こそが重要であることが多いと論じる。彼らは、信頼できる人間性こそ雇用者が最も評価する特性であり、「粘り強さや信頼性、首尾一貫性は、学校の成績を予測する上で最も重要な因子」だと指摘する。

これらの有益な能力は、むろん一般知能とはほとんど関係がない。しかし、この非認知的な能力はIQに比べて、はるかに人生において役立つ能力である。幼稚園は物事を子ども一人ひとりが自分で判断することが出来るよう、日々の関わりにおいて伝えることが幼児教育の基本と捉えている。勉強が出来る出来ないではない。優しい心、くじけぬ心、挑戦する勇気、頑張る気力。これらの土台がしっかりと作れる環境こそが理想の幼児教育だと感じる。


| コラム | 14:16 | comments(0) | trackbacks(0)
子どもの環境
先日ある本の中で素敵な詩を見つけたのでシェアします。

 
子どもは大人の鏡  ドロシー・L・ノルテ

子どもは、批判されて育つと 人を責めることを学ぶ

子どもは、憎しみの中で育つと 人と争うことを学ぶ

子どもは、憐れみを受けて育つと 自分をかわいそうだと思うようになる

子どもは、馬鹿にされて育つと 自分を表現できなくなる

子どもは、嫉妬の中で育つと 人をねたむようになる

子どもは、ひけめを感じながら育つと 罪悪感を持つようになる

子どもは、辛抱強さを見て育つと 耐えることを学ぶ

子どもは、正直さと公平さを見て育つと 真実と正義を学ぶ

子どもは、励まされて育つと 自信を持つようになる

子どもは、ほめられて育つと 人に感謝するようになる

子どもは、存在を認められて育つと 自分が好きになる

子どもは、静かな落ち着きの中で育つと 平和な心を持つようになる

子どもは、安心感を与えられて育つと 自分や人を信じるようになる

子どもは、まわりから受け入れられて育つと 世界中が愛であふれていることを知る

あなたの子どもはどんな環境で育っていますか?

とても考えさせられる詩です。保育、教育をしているようで、実際は自分自身の姿が子どもに映し出される。それを思うと、成長させてもらっているのはどちらなのか。自分自身の保育のあり方を考えさせられます。


| コラム | 09:07 | comments(0) | trackbacks(0)
25年度が始まりました!
幼児教育に関するコラムだけでなくちょっとした小ネタや雑学情報などなど、、色んな情報を分かりやすく載せて行きたいと思います。
月一を目途に更新予定ですので、時折見に来ていただけると今後の励みにもなります。
一年間よろしくお願いします。

| コラム | 14:59 | comments(0) | trackbacks(0)
子どもの適応能力その2
前回の続きです。

前回は授乳に関して昔と今の違いについてお伝えをしましたが、今日は幼児期において今と昔ではどう違うのかを考えて行きたいと思います。

まず生活観点からです。
昔に比べて物があふれ、食べたい時に食べられる環境、食べたい物が食べられる環境の中、物に対する有難みが感じにくくなっているのかもしれません。また、家庭の中での個食(孤食)の増加や一人一台の携帯電話、一家に一台ではなく部屋に一個のテレビ等、経済成長を経て変わってきたものも多くあります。
子どもの遊びはどうでしょう。私の時代はファミコン世代でしたが、ゲームは一日30分。学校から帰ったら近所の広場で友達と暗くなるまで遊んでいました。最近は携帯ゲームの普及によりファミレス等でオーダーの待ち時間にゲームをしているお子さんや、観光地などで家族連れの中にゲームをしながら歩いている子ども達を見かける機会がありますが、親は何も感じないのかなぁ。アリなのかなぁ。と少し心配になってしまいます。
このように昔と今で様々な違いがみられますが、これらの違いには共通している事があります。それは個(孤)が強く出ているという事です。より良いものが普及し、便利になることは悪い事ではありません。私達の生活を豊かにしてくれます。しかしこの便利や豊かさが社会性や協調性を培う機を少なくしていることも事実です。個の豊かさは同時にわがままにも繋がりやすくなります。友達と協調性を持って、時には我慢して他人の意見を受け入れながら育つのではなく、自分の好きなものを好きな時間に食べる事や、個々にテレビがあり、好きなチャンネルやゲームが出来る環境。家族旅行でさえ待ち時間や移動時間にそれぞれが携帯やゲームをしている状況は望ましいと言えるのでしょうか。
先日あるテレビで、虫取りが好きな少年は天才になりやすい!という話題がありました。半信半疑で見ていたら、虫取りをする子どもは正解のない虫の取り方に悪戦苦闘する中で様々な方法を模索するのだそうです。そうすることで自分で考える力が身に着く。なるほどな。と思いました。今の身の回りには回りがお世話をしてくれ過ぎのような気がします。自分で考えずとも回りが配慮してくれます。ゲームも用意されているものです。売り手がおもしろく作り、それが商売に繋がる。だから必死で面白く作る。一方自然の遊びは自分で考えなければいけない。自然は大きなものを学ばせてくれます。
今、日本ではニートと言われる人がとても増えています。高校や大学などでのトイレ弁も冗談ではなく、深刻な問題として出ているそうです。何が日本をそうさせてしまったのか、教育現場なのか、環境なのか、家庭なのか、それぞれが根本から見つめ直す必要があるのではないかと思います。

次回はゲームについてお話したいと思います。
| - | 13:57 | comments(0) | trackbacks(0)
新年度が始まりました!
 24年度が始まってはや一週間。
ここ数日の暖かさで園の桜も蕾を大きく膨らませています。
子ども達は日々新しい遊びや発見、始めて関わる物事に一つ一つを
楽しみながら成長していってくれています。

さて、さらっと書き始めたこのブログですが、実は4カ月ぶり・・。猛省です・・。
24年度は気合を入れてブログの継続を有言実行出来るよう取り組んでいきたいと思います。
そんな本日のテーマは

「子どもの適応能力について」

です。
住めば都という言葉があるように、人間には適応能力があります。一見いい能力のように
聞こえますが、これは乳幼児期の子ども達にとって場合によってはマイナスとなる場合が
あります。これはどういったことなのか。
先日ある脳の専門の先生からお話を聞く機会がありました。人間は生まれたときの脳の細胞が一番多いのだそうです。その中で、環境に適応していく為に赤ちゃん自身で使う能力、使わない能力を判断し、いらないものを捨てていきます。
だからこそ人間は世界中のどこで生まれようと、その土地の人々に育てられ生きて行く事
が出来ます。しかし、今の日本では物がありふれ、便利な世の中、管理された世の中に
なり過ぎたが為の弊害も出ているのだそうです。
昔の母乳で育った赤ちゃんは肥満児と言われる子どもたちはあまりいなかったそうです。母親から無限に出る母乳をいくら飲んでも、です。これは、その子自身の本能で、どこまで飲むかを判断しているからです。その子の身体が必要と感じれば必要なだけ欲求ホルモンが出続け、いらなくなれば満腹中枢が働く。人間の体はよく出来ています。しかし、現代の今の赤ちゃんはこれが当てはまらないケースがあります。
「朝は○○ml、昼は○○飲みましょう。」「○○ml飲ませてください。」など、科学が発達し、乳児期における必要栄養値から計算された必要容量が出ています。一見便利なことに思えますが、これは本来危険な事なのだそうです。何故なら、本来赤ちゃんは自分の本能で必要量を判断し、母乳を必要なだけ飲みます。しかし、決まった容量だけ与えていると、赤ちゃんの脳の中である物事が切り替わるそうです。何が変わるのか。それは、自分の本能で必要量を判断する能力を捨て去り、与えられた量を飲み切る能力へと変わります。これは重大な事です。
馬は何年経っても馬です。牛も牛です。数ある虫も変わりありません。何万年もの長い年月をかけて進化をする場合はありますが、短期間での劇的な変化はありません。しかし人間は授乳一つをとっても今と昔では子どもの選択する能力に違いがあります。見た目も男性の女性化やこうした積み重ねが、人間の環境に適応する能力が優れているが為にたった数十年の社会の変化によって脳の中での選択されてきた能力が大きく違うかもしれません。

今日はここまでです。次回は今日の話しを踏まえた上での、「子どもの環境」について
お話したいと思います。
| コラム | 12:37 | comments(0) | trackbacks(0)
新年度が始まりました!
 24年度が始まってはや一週間。
ここ数日の暖かさで園の桜も蕾を大きく膨らませています。
子ども達は毎朝お家の方とのお別れの寂しさを乗り越えながら、それでも活動が始まれば日々新しい遊びや発見、始めて関わる物事に一つ一つを楽しみながら成長していってくれています。

さて、さらっと書き始めたこのブログですが、実は4カ月ぶり・・。猛省です・・。
24年度は気合を入れてブログの継続を有言実行出来るよう取り組んでいきたいと思いす。
そんな本日のテーマは

「子どもの適応能力について」

です。
住めば都という言葉があるように、人間には適応能力があります。一見いい能力のように聞こえますが、これは乳幼児期の子ども達にとって場合によってはマイナスとなる場合があります。これはどういったことなのか。
先日ある脳の専門の先生からお話を聞く機会がありました。人間は生まれたときの脳の細胞が一番多いのだそうです。その中で、環境に適応していく為に赤ちゃん自身で使う能力、使わない能力を判断し、いらないものを捨てていきます。
だからこそ人間は世界中のどこで生まれようと、その土地の人々に育てられ生きて行く事が出来ます。しかし、今の日本では物がありふれ、便利な世の中、管理された世の中になり過ぎたが為の弊害も出ているのだそうです。
昔の母乳で育った赤ちゃんは肥満児と言われる子どもたちはあまりいなかったそうです。母親から無限に出る母乳をいくら飲んでも、です。これは、その子自身の本能で、どこまで飲むかを判断しているからです。その子の身体が必要と感じれば必要なだけ欲求ホルモンが出続け、いらなくなれば満腹中枢が働く。人間の体はよく出来ています。しかし、現代の今の赤ちゃんはこれが当てはまらないケースがあります。
「朝は○○ml、昼は○○飲みましょう。」「○○ml飲ませてください。」など、科学が発達し、乳児期における必要栄養値から計算された必要容量が出ています。一見便利なことに思えますが、これは本来危険な事なのだそうです。何故なら、本来赤ちゃんは自分の本能で必要量を判断し、母乳を必要なだけ飲みます。しかし、決まった容量だけ与えていると、赤ちゃんの脳の中である物事が切り替わるそうです。何が変わるのか。それは、自分の本能で必要量を判断する能力を捨て去り、与えられた量を飲み切る能力へと変わります。これは重大な事です。
馬は何年経っても馬です。牛も牛です。数ある虫も変わりありません。何万年もの長い年月をかけて進化をする場合はありますが、短期間での劇的な変化はありません。しかし人間は授乳一つをとっても今と昔では子どもの選択する能力に違いがあります。見た目も男性の女性化やこうした積み重ねが、人間の環境に適応する能力が優れているが為にたった数十年の社会の変化によって脳の中での選択されてきた能力が大きく違うかもしれません。

今日はここまでです。次回は今日の話しを踏まえた上での、「子どもの環境」についてお話したいと思います。
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